Mag-log in終電もなければタイムカードもない世界で、私の朝は鐘の音で始まる。
外はまだ夜の色だ。塔の鐘が低く鳴り、冷えた石床が膝に現実的な痛みを返す。女神像の足元でひざまずきながら、私は今日の「案件」を頭の中で並べていた。
(今日も死者が出ませんように。変な契約が増えませんように。ついでに、睡眠時間が少しだけ伸びますように)
《最後のだけ、だいぶ個人的ですね》
頭の内側で、軽い声が笑う。
公正契約の女神だ。(個人の願いも、契約にしてくれていいんですよ)
《「聖女の睡眠時間は最低〇時間保証」ですか。世界契約にするには前例が足りませんね》そんなやり取りをしながら、私は形式通りの祈りを終えた。
鐘が二度目に鳴る。ここからが、聖女の「勤務時間」だ。祈祷室を出て廊下を急ぐと、すでに神官たちが書類を抱えて並んでいた。
「聖女様、お時間のあるときにこちらの——」
「こっちは至急で——」「優先度の高いものから順にお願いします」
笑顔でそう告げながら、私は心の中で勝手に分類する。
(命に関わる案件、A。生活直撃がB。見栄と政治はC)
聖女執務室の扉を開けると、紙の山と、その陰から飛び出してくる若手神官が一人。
「せ、聖女様、おはようございます!」
茶色の髪を慌てて撫でつけながら、ティオが立ち上がる。契約書庫所属の書記官で、今はほぼ私の専属助手だ。
「おはよう、ティオ。朝から元気ね」
「い、いえ! その……昨日も、灯りが消えたの、だいぶ遅くて……」 「大丈夫よ。前の職場に比べたら、まだマシだから」口が勝手に、いつもの言い訳をこぼす。
「前の……?」
「こっちに来る前に、ちょっとね。それより今日の予定表を」話題を変えて紙を受け取ると、「祈祷・相談・視察・会議」とびっしり並んでいた。
(はい、今日もサービス残業コース)
《本日の予定件数、昨日より一割増ですね》
(神様のくせに、残業予測をしないでください) 《稼働時間のログ管理も、契約の一部ですよ》扉がノックされる。
「個別祈願のお客様を、お通ししてもよろしいでしょうか」
そこから先の午前中は、ほぼ3コマ漫画だった。
個別祈願室で貴族夫人の昇進祈願をこなし、隣室で怪我人を治しながら減免申請にサインをし、廊下では「ついでに」と奉仕活動の報告書を抱かされる。椅子と書類と祈りが、切り替わり続ける。
《聖女業務、順調に過重稼働中ですね》
(「順調」の定義、世界契約で見直せませんか)そんな軽口を叩いていると、ティオが新しい予約票を抱えて戻ってきた。
「次は農村からいらしたご夫婦です。地代契約のご相談で……かなり切羽詰まっているみたいで」
「分かったわ。お通しして」質素な服に日焼けした肌。ひび割れた指先。農民夫婦は、緊張で肩をすぼめたまま部屋に入ってきた。
「し、聖女様に、こんなことをお願いしてよいのか……」
「困っている人の相談を聞くのが、私の仕事です。どうぞ、お掛けください」椅子を勧めると、夫婦はおそるおそる腰を下ろした。
「その、地主様が、新しい契約を結んでくださることになりまして」
「『豊作の年は多めに、凶作の年は相談』してよいと、言ってくださったんです」妻の声には、少しだけ誇らしさが混じっている。
机の上には、一枚の羊皮紙。丁寧な文字の上に、淡い光の帯が幾筋も浮かんでいた。私には、それが「加護タグ」として見える。
白っぽい細い帯は、通常の地代。薄い金色の粒は、豊作の祝福。
その中に一本だけ、赤銅色の鎖のようなタグがからみついていた。(豊作時追加徴収、ですね)
「少し、条文を読ませていただいてもいいですか」
「も、もちろんです!」
私は契約書を手に取り、一行ずつ声に出す。
「『豊作の年には、地主は地代を増やすことができる』」
「はい。恵みを分け合うのが筋だと……」「ここまでは、まあ、いいとして。『凶作の年は、地主は相談に応じることがある』」
その一文で、ティオがぴくりと眉を動かした。
私はペン先で、「ある」の一文字を軽くつつく。「……『ある』、ですか?」
「ええ。『相談に応じることがある』だと、『今回は応じません』と断られても、契約違反にはならないんです」
農民夫婦の顔色が、一気に曇る。
「で、でも、地主様は『困ったときは相談に乗る』と……」
「口でそう言ってくださるのは、本心なんだと思います。ただ、紙に書かれている言葉は、少し違う意味なんです」私は出来るだけやわらかい声で続ける。
「それに、『豊作の年には地代を増やすことができる』とこの一文が組み合わさると、豊作の年にはたくさん払って、凶作の年には、相談しても断られるかもしれない、という形にも解釈できてしまいます」
ティオが、ごくりと喉を鳴らした。
《出ましたね、「任意」系の地雷ワード》
私は小さく息をつく。
「もしよろしければ、この部分に、少しだけ手を入れさせてもらえますか。地主様の顔をつぶさない範囲で」
「そんなことが……?」
夫婦とティオが同時にこちらを見る。
「『凶作の年には、地代を減免することを原則とし、やむを得ない場合のみ相談とする』」
「げ、減免……」「このくらいなら、地主様にも納得していただけると思います。『相談に応じることがある』だと曖昧なので、『原則減らす、どうしても無理なときだけ相談』に変えるんです」
私はペンを取り、元の「応じることがある」に、静かに二重線を引いた。
余白に新しい文言を書き込むと、赤銅色の鎖タグがほどけ、淡い銀色の帯に変わる。「……光が、変わった?」
「ええ。これで、『相談したのに聞いてもらえなかった』というログが積みにくくなります」「ろ、ログ……?」
「女神様のアーカイブに残る記録のことです」農民夫婦は、互いの手を強く握りしめた。
「聖女様……。こんな、私らのために」
「ありがとうございます。これで、畑を続けていけそうです」「地主様にも、この修正案を必ず説明します。もちろん、最終的に署名されるかどうかは、地主様のお考え次第ですが」
私は最後にそう付け加えた。契約にサインするかどうかを決めるのは、あくまで当事者だ。
《そういうところが、好きですよ》
(口説かれている気がするので、やめてください)夫婦が何度も頭を下げて去っていき、扉が閉まる。
ティオが、二重線と追記をじっと見つめていた。「……こういう書き方も、あるんですね」
「あるのよ。契約書の余白がある限り、まだ何か変えられるわ」自分で言いながら、その言葉が胸の奥に小さく残る。
塔の鐘が、正午を告げた。
けれど相談室の前の列は、まだ途切れない。「聖女様、お昼……少しだけでも」
ティオが、おそるおそる水差しを掲げる。
「そうね——」
答えようとしたところで、扉の外から貴族らしい声が響いた。
「午後の祝福予約が押していてね。うちの子の祈願を、少し前倒ししてもらえないか」
「聖女様には、いつもお世話になっているからな」年配の神官が、にこやかにティオを諭す。
「奉仕に休みなどいらんよ、若いの。感謝されるうちが花だ」
「で、でも、聖女様は朝から——」 「聖女様はお丈夫だから大丈夫だとも。女神様の加護がある」(出ました。「やりがい」と「加護」の合わせ技)
私は苦笑いで受け流した。
「大丈夫よ、ティオ。本当に倒れそうになったら、ちゃんと休むから」
「……『本当に』って、どのくらいなんでしょう」ぽろりと零れたティオの呟きが、やけに耳に残る。
ようやく列が一瞬だけ途切れた隙に、ティオがパンと水を運んできた。
「せめて、これだけでも」
「ありがとう」窓辺に腰を下ろし、私はパンをかじる。
机の端に置かれた封筒が目に入った。「奉仕契約見直し会議・次週案内」と記されている。(「奉仕」という言葉が、ここではどんな条文になるのか)
私は小さく息を吐いた。
「その日、私の休憩時間は、この5分で全部だった。そして『奉仕』という言葉が、これから3年かけて、私たちの首を絞めることになるなんて——このときの私は、まだ知らない」
その朝、私は久しぶりに「計画通り」という言葉を信じていた。 公正契約大神殿の相談受付ホール。掲示板には、女神の羽ペンで書き換えられた新しい勤務表が貼られている。夜間対応は原則なし、臨時は申請制、休養日は確保。たった数行なのに、呼吸が軽い。「聖女様、本日の予約は……え、ええと、ちゃんと昼に収まってます!」 ティオが書類束を抱えたまま笑う。「うん。奇跡だね」「奇跡って言わないでくださいよ! 僕が昨夜、全部組み替えたんですから!」 そこへ、外がざわりとした。 駆け込んできた伝令の神官が、息を切らして言う。「隣国ウェルナの辺境で、原因不明の熱病が流行している、との噂が……! 旅の商人が……」 噂。たったそれだけの言葉で、前世の記憶が喉の奥に蘇る。増える数字、鳴りやまない連絡。 背筋が冷えた私の隣で、ティオは青ざめて未来を先に見てしまう。「患者の流入や難民が来たら……神殿の祝福、追いつきません……!」「まずは落ち着こう。正規の報告が来てから」 そう言ってくれたのは、いつの間にかホールに現れていたセルジュさんだった。黒い外套の裾が揺れて、空気がきゅっと締まる。 そして、締まった空気はそのまま、面倒の形に固まって運ばれてきた。「聖女殿! 緊急だ! 緊急事態だぞ!」 王都の有力貴族の集団。顔見知りの「祝福常連」たちが、これでもかと香水を漂わせて押し寄せる。 代表の男は、隣の者の肩を叩きながら大仰に宣言した。「疫病がこちらへ広がる前に、我が家の者たちの健康と屋敷を、夜通しかけて徹底的に祝福していただきたい!」 家の者と屋敷、事業所、夜通し。噂の段階で、まず自分たちを先に守れ、と。 ティオが胸に抱えた新フォーマットの紙が、心細そうに震えている。「え、ええと……夜間の祝福は、事前申請と緊急度の確認が必要に…
会議室の真ん中に浮かぶ光の板は、昨日のまま真っ赤だった。 祝福件数、相談件数、予定外対応、書類、移動。全部が「限界です」と叫んでいる。「……やっぱり、何度見ても、えげつないですね」 ティオが喉を鳴らす。「えげつない、で済ませるのは優しいですね」 セルジュは淡々と線を引き続けていた。いつもの丁寧な声。でも、ペン先がほんの少しだけ揺れている。 大神官長アグナスは、椅子に座ったまま沈黙していた。やがて彼は目を閉じ、ぽつりと呟く。「……似たような数字を、昔、1度見たことがある」 空気が少しだけ冷える。「10数年前、私がまだ若輩だったころ……仕えていた聖女がいた」 アグナスは自嘲気味に笑った。 「優しい方でな。誰も断らず、誰よりも早起きで、誰よりも遅くまで祈った。……そして、ある日倒れ、そのまま戻らなかった」 ティオが「そんな……」と声を漏らす。私は唇を噛んだ。数字が急に「人」になる。「当時の我々は言ったのだ。『聖女の奉仕は神意であり、止めるのは畏れ多い』と」 アグナスの指が、赤い棒グラフの頂点をなぞる。 「……神意を盾にして守っていたのは、聖女ではなく、私たちの責任の方だったのだろう」 胸の奥に、前世の空気がふっと刺さった。 『トップの号令だから』『会社のためだから』。便利な免罪符。誰かが倒れても、誰も自分の名前で止めないやつ。 アグナスが立ち上がり、私の前で膝をつきかけた。 「や、やめてください!」 私は慌てて立ち上がる。 それでもアグナスは深く頭を垂れた。 「リディア殿。私は、君の前任者を守れなかった。そして、君の契約書に手を入れることを、神意と前例のせいにして避けてきた」 言葉が重い。慰めるべきか迷って、でも私は、契約で守る側だと思い直す。「……過去は変えられません」 私はゆっくり息を吐いた。 「でも、『今からの前例』なら、私たちで作れます。頭を上げてください。責任者には、責任者の仕事をしてもらわないと困ります」
夜明け前の大神殿は、石の床まで眠そうな顔をしている。私が祈祷室へ向かう回廊の窓には、まだ朝の色が薄い。 そこへ、足音がきっちりと等間隔で重なった。「おはようございます、聖女殿。本日一日、業務量を記録します。……差し支えない範囲で」 セルジュさんは書類バインダーを抱え、もう片方の手には、妙に立派な砂時計を持っていた。 砂時計。神殿で? と口の中でつぶやく前に、ティオがわなわな震えながら叫ぶ。「さ、砂時計まで用意してるんですか!? 宰相補佐さま、そこまで本気なんですか!」「記録は武器ですから」 淡々と言い切るのが、また怖い。私は苦笑して肩をすくめた。「差し支えない範囲がどこまでかは、業務の後で一緒に考えましょう。たぶん、今日一日で境界線が消えます」「承知しました。消えた境界線は、条文で引き直します」 頼もしさと同時に、背筋が寒いほどの宣言だった。 ◇ 聖女執務室に入った瞬間、ティオが今日の予定表を広げる。 赤。赤。赤。余白のはずの紙が、血のような赤で埋まっている。「午前は貴族家の家族祈願、午後は神殿幹部用の祝福、その合間に定例相談が……」「その合間がもう合間じゃないね」「はい……え?」 ティオが顔を上げたところで、扉が叩かれる。叩かれる、というより、叩き続けられる。「聖女様! 妻が今朝から咳が止まらず」「聖女様! 旅の一行が通りがかったついでに祝福を!」「聖女様! うちの息子の試験が今日で、念のため!」 雪崩だ。予定表が紙一枚で受け止められる量じゃない。 ティオは半泣きで私を見た。「聖女さま、今日も予定外が山ほど……」「予定外が常態化しているなら、それはもう予定ですね」「言い方が冷たい!」 ツッコミながらも、セルジュさんが小さく笑った。笑うと、余計に怖い。
翌朝、王宮の小会議室は寝不足の匂いがした。 窓の外には、まだ薄く、空に残像みたいな神託文字が漂っている。昨日、大聖堂の天井いっぱいに現れたあの一文。 【聖女労働契約:重大違反を検出】 あれを見た瞬間のざわめきが、今も壁に染みついている気がした。「聖女殿。こちらへ」 呼ばれた席は、なぜか末席寄り。形式上、私は当事者で、原因でもあるらしい。 テーブルの上には巻物が山。重い。前例という名の重石が、こうして物理で置かれる世界だ。 グスタフ王は額を押さえ、クロード宰相は咳払いで時間を稼ぎ、大神官長アグナスは硬い笑みを貼りつけている。 セルジュだけが、いつも通りの無表情で私の隣に立っていた。目が合うと、ほんの少しだけ、安心したようにまぶたが緩む。「まずは状況整理を――」 宰相が口を開いた、その瞬間。天井が白く瞬いた。 ドン。 落ちてきたのは光ではなく、分厚い本だった。机が震え、インクの匂いが立つ。 表紙に、黒々と刻まれている。 『聖女奉仕契約(現行版)』 室内が凍った。 そして、頭の中にだけ、あのゆるい声が響く。『原本、持ってきました。前世のシステムで言うと仕様書ですね』「……女神、さま」 アグナスが反射でひれ伏した。慣れた動きが、むしろ痛々しい。 王が椅子から半歩だけ立ち上がり、すぐに座り直した。王様でも神相手だと挙動が忙しい。『昨日の稼働停止、あれは嫌がらせじゃなくて安全装置です。今日は原因究明。はい、会議、続けてどうぞ』 女神はさらっと丸投げしてくる。私は喉の奥で、笑いかけた息を飲み込んだ。笑えない仕様書が来たからだ。「セルジュ、読み上げを」 王の命令に、セルジュが一歩前へ出る。 彼がページをめくった瞬間、黒インクの文字がじわり、と滲んだ。 まるで紙が汗をかくみたいに。「第12条。聖女は疲労を理由に祝福を拒否できない」 言葉が落ちるたび、文字の周りから黒い煙のようなものが立ち上る。
公正契約大神殿の大聖堂は、どう見ても巨大な契約書だ。 柱にも天井にも条文が刻まれ、その真ん中で私だけが、生身のまま立っている。(やばい、立ったまま寝る……) 昨夜から祈願と相談と書類確認を詰め込まれ、仮眠もろくに取れていない。 そこへ「どうしても今日でないと困るんです」という有力貴族の結婚式がねじ込まれて、私の稼働ログは朝から真っ赤だった。「聖女リディア様、準備を」 補助神官の声。少し後ろでは、若手書記官ティオが紙束を握りしめて震えている。「し、聖女様……式のあとに『予定外祈願』が3件……」「聞かなかったことにしようか。今は目の前の式だけ」「す、すみません……!」 祭壇の前には新郎新婦、客席にはぎっしりと上流階級。 その視線を感じながら、私は深呼吸をした。《本日の稼働時間、すでに推奨上限の1.5倍ですねえ》 頭の奥で、軽い声が笑う。 公正契約の女神。私の庇護神であり、この世界で一番ログにうるさい存在だ。(女神様、実況は後にしてください)《いえいえ、ログは積み重ねてなんぼですから》 儀式はクライマックスへ進む。「では、公正契約の女神の祝福を——」 大神官長アグナスの声に合わせ、私は両手を掲げた。 契約書レイアウトの魔法陣が光を増し、新郎新婦の足元から淡い金色の光が立ち上がる。(ここでコケたら、式が台無し……) 焦りと眠気で視界が揺れた、その瞬間。《はい、そこまで》 女神の声が、いつもより低く落ちた。《これ以上ログを積んだら、あなたも世界契約もまとめて過労死コースなので、止めます》(世界契約まで過労死は嫌ですね……)《ですよね。では、強制停止》 祝福の光が「ブツッ」
西の空が赤紫に沈みかけていた。 契約大橋の石畳には、紙吹雪と花びらの残骸が、湿った色のまま張りついている。さっきまで祝祭だった場所が、今は片付け途中の舞台みたいに静かだ。 遠くの広場からは、まだ人々の声が風に乗って届いてくる。 断片的な噂と、屋台を畳む音が、まだ風に乗って届く。今日一日で「契約」という単語を何度聞いたか分からない。 橋のたもとに立つ私の隣で、低い声がする。「本日の移動経路は、簡易支援契約第3条に基づき、私と護衛隊がご一緒します」 礼服から簡素な外套に着替えたセルジュ様が、いつもの事務的な口調で告げた。少し後ろには、女性騎士と平服の護衛が数名。「……私を一人にしない、条文でしたね」 さっき署名したばかりの文言を、私は口の中でなぞる。 聖女の安全確保のため、原則として単独移動を禁止する。 最低限と呼ぶには、少しばかり手厚い内容だ。(最低限の意味、やっぱりおかしい) 心の中だけでツッコミを入れる。《リディア、稼働状況の確認です》 女神様の声が頭の奥に降ってきた。《本日の精神負荷、平常時比でおよそ5倍。歩行可能ですが、急なイベントは控えましょう》「診断がざっくりしています」 足元を見ると、石畳の一部に古い文字が刻まれている。国と神殿の条文が、何十年も前からここにあるのだろう。夕焼けを受けて、その一行一行がうっすらと光っていた。《契約大橋は、もともと国と神殿の約束を刻んだ場所です。 最近は、個人のログも、少しずつここを通るようになりましたが》「私の三年間分のログも、今日ここを通ったんでしょうか」《ええ。ブラック寄りのやつが、どっさり》 背筋に、ひやりとしたものが走る。 国のため。王家のため。誰かのため。 その言葉で塗りつぶしてきた三年間が、光の粒になって橋の下へ流れていったところを想像してしまう。「……行きましょう」